最終回について(2)
続きです。
(ネタバレあり、ご注意ください!!)
最終回、特にラストシーンについては、構成打ちあわせのごく初期段階から方向が決まっていました。
すなわち、ハッピーエンドではなく、1960-70年代の石ノ森コミックの多くがそうであるように、
社会や人類に対する懐疑観をにじませたバッドエンドにしたほうがいい・・・という感じでした。
そもそも、隼人がスカルマンになって、そののち、有名石ノ森キャラである「スカール」になる、
という大胆な発想は、出渕さん独自の奇抜なインスピレーションによるものです。
考えてみれば、「スカル(骸骨)」=『スカール」と、その一致性は本来一目瞭然のはずなのに、これまで誰もそこに気づく人はいなかったようです。
ジンさん(石森プロの小山P)も、「いやー、灯台もと暗しで、思いつきませんでしたよ」と、あとで苦笑していましたっけ。
巨大な敵(この場合は「黒き幻影」)に抗ったものの、それを打ち砕くことはできず、それどころか、大きなうねりに飲み込まれてしまう・・・というあまりにも悲しいラストは、まるでギリシア悲劇を見ているようです。
もりたけし監督も、この作品はバッドエンドのほうがいい、という最初からの意見でした。
とはいうものの、100%絶望では救いがなさすぎる、何かそこに一条の光を・・・という気持ちも、製作関係者一同にあったのは事実です。
そこである日、ひとつの小さな「救済策」が、考え出されました。
(この項、つづく)
