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帰国してしまった

日本時間20日朝に帰国して、その足で成田からマッドハウスへ直行。
そのまま仕事を再開してしまって今日は4日目。

日記の記述がフランスでの『ラグーン』上映の場面に移る前に、なぜかまたホテルのネット環境が悪くなり、ここに書き込めなくなってしまった。
こんどこそホントにおいおい思い出して書いてゆきますので、しばらくお待ち下さい。

行事、本格化して来る

昼前にホテルから市内に移動し、取材対応など。

夕方4時から6時半まで2時間半に渡って、観客を前にトークのお時間。
間に作品からの抜粋映像など交え、最後は次回作に関するミニ映像などを流して、時間ぴったりに終わる。
あまりに時間ぴったり過ぎて、その後の質疑応答省略。

それからカクテルタイム?というのがあって、といっても別にカクテルなどは出ず、ビールとかジュースとかコーラとかを飲みながら観客の人たちと雑談。たまたま当地におられた日本人のお嬢さんたちと写真を撮ったり。

夜は『この星の上に』『アリーテ姫』の上映で、両方とも35ミリプリント版。夜7時15分から始まって上映後に質疑応答などもあったから、終わりは10時過ぎで、でも小さい子どもたちも最後の方まで結構残っていて、しかも、親が熱心に見せたがってる様子で、なんだか心強いような申し訳ないような。さすがに、お子たちは映写が終わった後は眠くなってしまって質疑応答の途中で次々と抜けていったが、去り際に質問してくるおかあさんなどもいた。
終了後、ロー・ティーンの息子を連れて握手を求めにきた親父さんもいた。どうも『アリーテ姫』はヨーロッパの風土に合うようだ。
そうだ、親父さんの息子の質問は「なぜ、カエルなのか?」だった。魔法使い姫や王子をカエルに変えてしまうものだ、という話をして、それから鳥獣戯画でもカエルはかなり大きな存在だった、という話をした。ついでに、「次回作ではカメを出すから」というと、親父さんは「じゃあ、ウサギも出さなきゃな。だって、イソップ以来のコンビだからな」というので、「じゃあ、○○○○という○○○○を出してあげる」と答えてあげた。

明日は昼に『名探偵ホームズ』を3本、夜に『AC04』『ブラックラグーン双子編』を上映するのだが、夜の部にはお子たちが来ないことを望む。

四半世紀圧縮

リール二日目は上映はなく、朝からもっぱら取材対応。

雑誌4誌と、TV局まで来るとかいう大げさな話だったのだけど、パリからの鉄道の脚が都合がつかず、テレビは結局キャンセルに。助かった。

フランスでもジブリは良く知られていることかもあり、インタビューは宮崎さんとの絡みについて始まることが多く、それだけだとこちらはダシに使われただけみたなことにもなりかねないのだけど、さすがにフランスのライターたちも日本のアニメ事情に詳しく、その辺のしょっぱなの部分を過ぎてもかなり突っ込んだことを聞いてくるので、こちらも本気で長々と色んなことを喋ることが出来た。

となりで通訳しているイラン君も日本のアニメーション研究家としては相当な奴なのだが、「そういうことだったのか、と初めて聞いた事情の部分もありました」といっていたし、出発点としての『名探偵ホームズ』→『ニモ』→『魔女の宅急便』→その直接的影響としての『アリーテ姫』の企画→アリーテ企画中に携わったさまざまな作品とプロデューサーたち→再び『アリーテ姫』に戻ってその完成→『アリーテ姫』後の銃器に代表される何かへの傾斜(『AC04』や『ブラックラグーン』や、でも実はそれだけじゃないぞ、この時期のものは)→また別の傾向を示す次回作、という25年の流れが喋るうちに単純化され、それぞれのステップにおける着地点が自分でもよく整理されて、それなりに意味のある時間だったかもしれない。

なんかそんな話をしてたら、自分が初めてストーリーを作った『名探偵ホームズ/青いルビー』のポリィからレヴィまでは実はそんなに距離感がなかったのではないかと思えて来てしまった。こいつら血族なんだな、きっと。

その後、クレープ屋さんで現地邦人の方と会食し、さらに、リールにあるアニメーションスタジオを訪ねる。リールといえば毛織物工業が盛ん、ということはその昔、地理の教科書で習ったのだけど、今は廃業した毛織物工場の建物がそのまんまアニメーションスタジオに転用されているのだった。そういう時代の流れなのね。でも、昔の工場は造形的にも面白い。しかも、ちゃんと顔見知りの日本人アニメーターが働いていたり。

夕食に鍋いっぱいのムール貝を食べておしまい。

それにしても寒いな、ここは。「通りの電光掲示板が表示する気温が4℃でした」とか、イラン君も面白がって余計なこと教えてくれなくても良いのだけど。

黒ネコの夜

朝8時台のTGVでリールに移動。これはちゃんと動いていたので助かった。さすがTGVと思ったのは、低空で着陸アプローチに入って頭上を同方向に飛ぶボーイング737がほとんど空中に停まって見えたことだ。

一時間ほどで到着。事務局に赴き、挨拶とか上映映像についての打ち合わせとかを済ますと、あとは夜まで北フランス観光。車を出してもらう。

ダンケルク海岸に行きたかったのはポール・ギャリコ(とキャメルの)『スノーグース』への個人的オマージュだったのだけど、開発が進んでカジノなんかが海辺まで押し寄せて建ち、浜辺は細くなっていた。

濁った黄緑色になって打ち寄せる波の向こうにはヨットが何艘か浮いており、ダイナモ作戦の往時を忍ばせられた。頭上にはこの地方としては珍しいまでに雲がなく、ただ水平線にだけは垂れ込めて、それがその向こうにある英本土の位置を示しているように思われた。

さらにドーバーに近いカレーに移動し、少し内陸に入ると、山ひとつくり抜いて数十メートルあるコンクリートドームで蓋をしたV-2号の発射基地が現存し、記念館になっていた。完全な地底基地だ。V-1二基(有人、無人)とV-2一基の実物も展示され、昨日パリであんな話をしていたせいか出土した墜落機(スピットファイア、Me109、B-24等々)の残骸も多数見ることができたが、それ以上に、当地から連行されたユダヤ人関係の展示が充実しており実に重々しい。日が落ちれば山の上の巨大ドームはライトアップされてカッコいいし、V-2のロケット技術はその後月着陸にまで発展したと意外にも褒め称えられているし、なんか複雑な感じの場所だ。

夜ともなればリールに帰り、市中心部の美術館の映像ホールで『魔女の宅急便』の上映と、解説、質疑応答を行う。質疑応答には、結構長い時間かけたね。

ゴシック調黒づくめの服装に身を包んだ若い女性(コスプレか?とも思ったが、実はアニメーション専攻の学生)が手を挙げ、『魔女の宅急便』のような作品に関わっていたところから『ブラックラグーン』のような心境に至る変化とはなんだったのか、と質問して来たが、そこはもちろん一人の作り手としては道のりはつながっているのだよ、お嬢さん。

塹壕戦のパリ

夜が明けると目の前にあるのは、煤を落とされてベージュ色に美しく輝くパリであり、それに似たような色になるよう建物が黄色く塗られたサイゴンではなかった。
しかし、このパリは最後の大規模鉄道ストライキの中にある。最後というのはこの年末にも新しい方が施行され、一定限度以上の列車を停めるストライキが禁止されることが予告されていたからだった。

郊外ル・ブルジェの航空博物館まではわずか14キロしかないが、列に並んでようやくやって来たタクシーには取り合ってもらえなかった。わずかその距離で3時間はかかるだろう、という。
しかたなく諦めたその交差点はゴブラン・アニメーション学校の目と鼻の先立ったので、ここは生真面目にパリのアニメーション教育を見学することに変えた。先生に紹介してもらい、ストのせいで学生の姿もまばらな各教室を見歩き、機材がすっかりデジタル化されてフィルム撮影がほとんど排除されていること、3DCGアニメーションが必須科目になっていることなど、真面目に見学した。
そんな教室棟の地下に据えられたマルチプレーン撮影台の前には、昔ながらの立体アニメーションを作ろうとしている女性がおり、硝子絵を描いては駒撮りし、消してはまた描く彼女の作業は手作りの最後の牙城のようにも思われた。熱心に筆を動かす彼女は何故か裸足だった。

それから、当地における年上の友人、ジャック・コロンバ監督にご登場いただいて、お昼(エスカルゴ、内臓入りのソーセージ)をご馳走になり、なんでル・ブルジェなんか行こうとしてたんだ? と訊かれる。訳を話すと、わかったわかった、この辺のどこかの土中から墜落した昔の飛行機が発掘されたら塗料のついた残骸片を切り取って送るよ、必ずな、と冗談で返される。
まあ、そんなようなことだったのだ。

コロンバさんは第一次大戦ネタの企画を転がしているところだったとかで、午後はマイヨール美術館に『ドイツ表現主義が描いた第一次世界大戦展』を観に行かないか、と誘われる。戦争には興味ないけど表現主義に興味あるのさ、と。それは、実際に兵士だった画家たちが盛大に戯画化して描いた人間の醜悪な姿の羅列だった。千切れ飛んで鉄条網にひっかかった肉片と、目の座った男が抱えた銃剣にからみついた内臓と、うずたかい死体の山を掩体に使って伏せる狙撃兵たちと。合間合間には、豊満な女体のボリュームを称えることに熱心なこの美術館の本来の主、マイヨールの彫刻が並べられており、目がくらくらした。
なんででこの旅はこんな風に展開してしまうのだろう?

(現地時間15日早朝)

ここはサイゴンなんだっけ?

成田空港でとった日本最後の食事はタイ人がやっているタイ料理屋のタイ料理ならば、フランスへ着いて最初にとった食事はベトナム人がやっているベトナム料理屋のベトナム料理ということになった。今回現地で面倒を見てくれるフランスの友人がベトナム系の人で、子どもの頃から家族で行きつけだったという店に連れて来てもらったからなのだが、店内にはホーチミンやベトナムで作ったベトナム戦争の映画のポスターが貼られまくってたし、その後ホテルの部屋でふと目を覚ますと外はパリではなくサイゴンかハノイなのではないかという気がしてしまう。読んでる本が元ベトナム帰還兵のスナイパーが主人公だのものだったりするし。
旅の初っ端はどうにも『ラグーン』的だ。

パリは反サルコジの国鉄ストが深刻で、飯屋は早く閉まるし(店員の帰宅の脚をなんとかしなくてはならないから)、ホテルの朝食も「ストのため」開始が一時間遅れると予告されている。
現地では移動を鉄道に頼るスケジュールになっていたのだが、タクシーすらつかまるかビミョーという状況になっている。最悪、お楽しみはすっ飛ばして、徒歩でパリ市外見物ということにもなりかねない。

(現地時間、14日早朝)

怠惰のNRT

どう考えても一番面倒なのが空港までたどりつくことだ。

家の近所からは直通のリムジンバスが出ている。これに乗れば、ラッシュアワーに周りから嫌がられる大荷物ガラガラ引っ張って何度も乗り換えする必要がなくなる。

なくなるのだけど、えらい早朝にしかバスの便がない。空港についてから飛行機が飛ぶまで4時間以上退屈する羽目になる。

そんな羽目になるのだけれど、やっぱりバスに乗ってしまった。ひたすらボーッとしている。年中時差ボケ状態なので、体はすでに日本ではない世界のどこかの国時間に合っており、昼日中から眠い。

とりあえず持ってきたアクション小説などを広げてみる。うわっ、冒頭からこの展開なのか、と感動したが、よくよく見ると開いたのは「下巻」だった。改めて「上巻」を取り出してみると、案の定なゆったりした導入部から始まっており、いっそう眠くなってしまった。

思えば去年の今頃は、#24用に成田空港の内外観の写真が欲しくてあくせくしていたものだ。そうか、今目の前にあるこれがあのとき背景に描いた建物なのね。こげ茶色だと思った部分は参考にした写真が逆光だったからで、実はダークグレーなのだ、とか勉強してしまった。

出発一日前

土日も仕事だったのだけど、合間を見て衣類を買い揃えた。頭のテッペンから爪先まで全部お初。こんなことでもないと着るものも買わない生活。

パスポートもなくなってないことを確かめたし、「ブラックラグーン #13~16 USA版チェックディスク 要返却」と書かれたDVDもついさっき受け取った。実は、その少し前にいったん受け取っておいて「もうちょっとちゃんと梱包した方が良いですよね」と持ち帰られてしまっていたので、なんとなく受け取り済みの気分にだけなっていて、危うく忘れそうになっていた。思い出してよかった。

人前に出る前に散髪しろ、というのが広江さんサイン会の故事なのだが、それだけは間に合わない。何せ、今日月曜だし。まあいいや。明日、空港で床屋に行こう。

あとは、えーと、なんだっけ。ああ、リムジンバスの予約か。

何の因果か

ようやく航空券入手できて、13日発、20日帰国で確定。一時は満席でキップが取れないという話だったので、少しヒヤヒヤした。

行き先は、フランス・リール。

そこの美術館、しかもなんともこんなとこhttp://images.google.co.jp/images?hl=ja&q=Palais%20des%20Beaux%20Arts&lr=&oe=UTF-8&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wiで、『名探偵ホームズ』『魔女の宅急便』『アリーテ姫』『AC04』『ブラック・ラグーン』と自分が関わった作品を連続上映してもらえることになってしまった、というわけで。

『AC04』はムービーパートだけ抜き出して上映されるのは初めてだと思うし、これとカップリングして同日併映される『ラグーン』は双子編3本まとめて、にしてもらってしまった。

自分で言うのもなんだが、これはかなり珍しい機会だと思うぞ。いったいどうなるのか。

前回のシカゴの時には、この日記へのエントリー・パスワードもってくのを忘れてしまったので何も書き込めなかったが、今回はたぶん現地からの日記更新があるかも、と、予告。